ライヴに関するレヴユーは、至る所にた〜くさんあるだろうから、ここでは少しコボレ話をご紹介しますネ。
マヤたんの大好物は甘栗。これは結構有名で前回の来日の際もドカ食い。焼き芋もお気に召したみたい。今回は「どーしても日本に行きたい!」と熱望した彼女の弟も同行。とっても優しいお姉さんという一面も。原宿ショッピングの際は、懇切丁寧に弟のファッション・アドヴァイザーっぷりを発揮(僕もこんなお姉さんがいたらなあ、と何度もジェラス)。弟といえば、日本到着の夜、DIPLOは彼に東京のガイジン・シーンを見せたい!ということで雪の降る六本木へ。某Gにてガンガン腰振ってました。メディア露出の多い彼女は、歩いてると握手を求められることも多々アリ。もちろん、ニッコリと。実際、今回のツアーはストレスがピークに達していた状態にも関わらず、ホントに素敵な対応を常にしてました。ソスペクト。クラスカでのアフター・パーティーは直前のブッキングにも関わらず、DIPLOはガッチリとロング・プレイ。終了後は会場に来ていたANNIEとFRANZ FERDINANDのアレックスたちと3次会&プリクラ撮影。体力勝負一本勝ち。東京では機材関連と服を購入したDIPLO。名古屋ではINCREDIBLE BEATBOX BANDの面々と共にレコード・ショッピング。自分の作品がどのように評価されているのかは、やっぱり気になるご様子で、各店のレヴユーを入念にチェック。最近はSERATOによるDJを行う彼にとって、数年ぶりのアナログ・ハンティング。某BEPのシングルを指し「コレなー、ダサいのは知ってるよ。でも、オレ大好き」って。わかるゼ、そのキモチ。他は、TALKING HEADSの盤とひつまぶしでご満悦。リポDは数本消費。彼女の甘栗に対して、彼は漬け物とコンビニの焼きそばが大好き。本人曰く「安くて、ジャンクで、体に悪そうで、スッゲーうまい。最高だよ!」全く気取らないアメリカのあんちゃん。素直にマタお待ちしてまーす!って思えました。ま、要約すると、とにかく一緒によく笑った。そんな6日間でした。
(02/14/06 Photo by KIRI for revolver)
2006年1月2日、今年の夜遊び初めはCircle of LoveのNew Year Party at Raise。群馬県太田市にある倉庫を改造したクラブへ遠征して参りました。スペシャル・ゲストはIdjut Boysのお2人でございます!
出演陣は IDJUT BOYS に加え、 DJ Kensei 、 Dr. Nishimura( 笑顔がナイス! ) 、 Crystal 、 Peech Boy などなど、と豪華なメンズが集結。そんなわけでイジャットがプレイを開始した2時頃にはすでにフロアの熱気はムンムン。空調なんかもロクにないからね、とにかく暑い。でも、どうやらお腹まわりに分厚い思い出をまきつけた、ブース向こうのご本人が一番汗かいてる様子。そんな状況で不必要にスモーク連続発射。
要するに、そこは決して洗練された空間ではなかった。かといって、悪くもない。しかし!その微妙に中途半端な要素が、イジャットの産み出す音楽や空気と結合して、最上のダンスフロアに化けた。もともと、彼らの選曲や膨大な量のエディット曲群は、業界を震撼させるようなセンセーショナルなものではない。かといって、実験色が高い難解な作品というわけでも決してない。「フツーに楽しい」の最上級なのだ。しかも、それを頑なにやり続けているのが彼らなわけで、 Nu House やら Disco Dub といった名称と、それを取り巻く周囲のザワツキは頑固な彼らとは一切無縁なはず。お世辞にも OK とは言えないサウンド・システムだろうと、イジャットの2人は自ら包容力でなんだかとーってもナイスな雰囲気にしてしまうのです。パーティーのプロ。否!たぶんそんなカリスマ性はないから、イロイロ熟知したスーパー常連くらいがちょうど良いかもしれません。とりあえず、音がちゃんと鳴って、多少のアルコールとその他諸々いれたら、あとはオレらと一緒に笑いながら踊って楽しまナイト!こんな感じでしょうか?エフェクトのダブつき加減ですら少しも押しつけがましくなく、変化球の飲ミニケーションと思えました。勘違いじゃあ、ありませんよ。僕はしっかり彼らの気持ちを受け止めフ〜ラフラ。とても緩やかだけど、素敵な正月の夜。外に出たら、太陽はすでに 20 度くらいの高さまで昇っていました。 (01/06/06)
Who's Hashim? 1965 年 11 月 26 日生まれ。本名 Jerry Calliste Jr 。 16 才の時にホームタウンであるブロンクスでプロモーターとしてミュージック・ビジネスの世界に飛び込む。(最初のイベントは Whiz Kid vs Theodore 他、全25アーティストが参加。もちろん、 Imperial Brothers と The Fearless Four もね。)
1982 年より約 1 年間、 Tommy Boy Records にて下働き。彼曰く、そんなにイケてる仕事ではなかったけど、ヒップホップ業界についてはもの凄いスピードで学ぶことが出来たとか。 Tommy Boy を去った 1983 年、 Cutting Records を設立。最初のリリースが自身による Al-Naafiysh(The Soul) 、続いてプロダクションを担当した Imperial Brothers 、 Hifidellity Three を発表。翌年には Hashim 名義による2作目 We're Rocking The Planet をリリース。 1985 年、 Cutting Records を去るものの、音楽活動は続行。 UK Fresh 86 (The Anthem) 等々、重要盤を少しだけ発表。とは言え、まさにエレクトロと言えばこの人!な、オッサン。
とはいえ、かなり謎も多いわけでして・・・。ココでは以前にエレクトロ帝国に掲載されていたインタビューから、ご自身のコメントを抜粋してみますね。
彼が DJ を始めたのは 12 才の時。貯めた 50 ドルでカシオの計算機付きの腕時計を買ったとか。もともとは裏方として業界入りしたものの、 Al-Naafiysch の成功により本格的にパフォーマンスを開始。 Whiz Kid や Kool Herc との出会いで活動の域を地元から、全米のラジオ、クラブ、そして海外へと広げる。その革命的な Al-Naafiysch はどのようにして制作されたのだろうか? Whiz の影響は相当なものだったようだが、その他に Man Parrish の Hiphop Bebop 、 Kraftwerk の Numbers や Thomas Dolby の Blinded Me With Science なんかにも随分と触発された模様。同曲がジャンルを超えて、いまだにサンプリングされまくっていることについて。最初は「おい!著作権の侵害じゃないか!」って怒っていたようですが、今では全然気にとめていないご様子。カルト・クラシックとして、自分の楽曲が生き続けることは、決して悪いことではない、と。ちなみに、彼にとってのエレクトロ・トップ5とは・・・
1. Man Parrish "Hip Hop Bebop"
2. Kraftwerk "Tour De France"
3. Depeche Mode "People Are People"
4. Newcleus "Jam On It"
5. Michael Jonzun "Pac Jam"
だそうです。現在も精力的に音楽活動は続けているご様子の彼。ジャンル的には特にドラムンベースがお好みらしい。また、コラボしたいアーティストとしてビョークを挙げています。そりゃあ、オッサン!ちょっと難しいんじゃないのかなあ?最後に一言。1983年の曲が、いまだにこうやって人々をアツくさせることが出来るってのはスゴく嬉しい!そうです。JUST FEEL IT...
(2005/11/23)
Moonwalk Records の夏祭りも終盤戦です! B-More とかバイレとか聴いてると、この人たちは呆れるほど馬鹿なんじゃないか?と、真剣に考えてみたり・・・いや、間違いなく真剣に馬鹿な音楽を作ってるのでしょう。そんな彼らを必死で応援してるレコード屋も似たようなものかもしれませんが。
残暑も相変わらずの毎日です。 Bass & Breaks キャンペーンから一休みしたところで、もうイッパツこんな音楽を毎日数枚ずつご紹介します。その名は Ghetto Tech !日本でも、昔から根強い人気があるわけですが、もともとはデトロイトの下品な特産品。今回ムーンウォークでは、その中心人物の1人 DJ ASSAULT の作品を特集いたします。たたみかけるような強引さと単純さを兼ね備えたこの音楽は、アソルトの専売特許(少なくとも、ご自分だけそう言ってます)。もし、まだご存じでない方は、ゲトー・テック豆知識をご用意させていただきましたので、こちらもあわせてご覧下さい。
★ Ghetto Tech とは、マイアミ・ベース、ゲトー・シカゴ・ハウス、デトロイト・エレクトロのハイブリッドで、それにバトル DJ のテクニックを加えた音楽形態である。
★その根底にある精神は、80年代中期までのヒップホップ。 Run DMC であり、 LL Cool J であり、 BDP であり、 PE である。バトル・スタイルもここに由来する。
★まず印象的なのは、そのスピード。 145-160bpm が普通。
★ミシガン州アン・アーバー出身の DJ 、 Disco D (現在はニューヨークに移住。 50 Cent 等のプロダクションを担当。 Tommy Boy のアーティスト)曰く、「(当時の)ジャングルは、単純にヒップホップを倍速にしたモノ。そこにスクラッチなどの DJ テクニックを加える際は、みんな半分のスピードでやってたわけ。つまり、ヒップホップと何ら変わらない。どんな高速のクラブ・スクラッチでも、やっぱり bpm はヒップホップのまま。オレは bpm155 で、全部やる。」
★下品な歌詞も Tech を語る上で欠かせない要素。例えば、 DJ Assault の「乳がユサユサ、ケツがプルプル」とか。そういった点でも、ストリップとの関連は認められる。数年前に DJ Godfather がサンフランシスコでプレイした際、クラブの半分は大盛り上がり、もう半分は嫌悪感を示していたとか。
★彼らが影響受けたアーティストは 2 Live Crew は勿論のこと、 Afrika Bambaataa をはじめ、 Egyptian Lover 、 Cybotron といった初期エレクトロ・アーティストたち。その原型は、当然 Kraftwerk にある。
★ Ghetto Tech というジャンル名に対しては、異論を唱えるアーティストも多い。 DJ Assault は明言を避けつつも、「ハウス、エレクトロ、ジャングル、ファンクに影響を受けたテクノ・ベース」と表現。対して、 Gary Chandler は、率直に反論。「一体、誰がそんな名前を付けたのか知らないけど、 Ghetto Tech とよばれる音楽の多くはいわゆるゲトー・ミュージックじゃないよ。まあ、そのゲトー・ミュージックっていうのを理解するのは、そこに住まないことには絶対に無理だし、そう名付けた連中はデトロイトのゲトー出身者じゃない。」
記念すべき第1回目を飾るのは、メルボルン在住の友人でアートディレクター / グラフィック・デザイナーのJason Evans。TIGERSUSHIでは音楽ライターとして活動してたり、 Friends Electric名義でDJ もしてたりするのですが・・・この人の酔っぱらいっぷりはかなり日本の古き良き先輩スタイル。(長いのよ、とにかく。)2年前に自身のパーティーPeople Who Do Thingsにgommaの2人を招き、以来交流を深め今回のミックス発表に至ったみたいです。
このなんともステキなミックスのタイトルはMidnight Tango。そういや、向こうは南半球だからこれから冬になるわけです。でも、なんだかちょっと今の気分。ご本人から一言。「アレはただ自分が聴きたい曲を集めただけだから。」いや、そういうのが聴きたいんですよ。 こちらからダウンロードしてください! mix tapeセクションにありますよ。gommaはMUNKをはじめ、気になる音をいつも届けてくれますが、ココにはFUNKSTORUNGのミックスなんかもあって・・・、かなり興味深いです。 (06/28/05)
実際、僕もミックステープの制作歴はかなり長い。その内容も多岐に渡る。かなり限定的なシリーズもあり、例えば、「恋人はいないけれど、それだからといって別になんてことはないよ。でも、やっぱり欲しいなミックス aka The Hunter」は、意外と大人から子供までクヨクヨしてる方々から愛された作品の1つ。ま、押しつけがましいのは百も承知してますけど。もしかしたら、あと20年後にこんな風に話題になるかもしれないし。でもまあ、まず、ない。 (07/29/05)
June 26, 2005 (15:00-) at Liquid Room
HOUSE OF LIQUID & GALLERY present
DJ: DANIEL WANG special guest vocal: 鹿取洋子(今は化粧品輸入業やってるとか?チャイナッ!最高!)
&friends: MOODMAN, DJ NORI, KENJI HASEGAWA, FUKUBA, DR.NISHIMURA, ALEX FROM TOKYO, and DJ BORIS(FROM BERLIN)plus special guest DJ
VJ: UKAWA NAOHIRO(MOM/N/DAD PRODUCTIONS)