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ムーンウォーク図書館オープンしました!

過去にTOP PAGEで掲載した小話イロイロは、ここでまとめてご覧になれます。
要するにバックナンバーも取り揃えています!っていうこと。
あんなこともありました・・・、こんなことホントにオレやった?みたいなこともね・・・。

ニューヨーク調査活動報告書

☆☆☆☆☆
3月6日〜3月14日までニューヨークへ行って参りました。今回はDJでも、レコード買い付けでも、息子の卒園式に参加(え!)するためでもなく、雑誌のコーディネーターとして。意外と多忙だったりするわけですが、そのスキを狙ってアッチで一杯、コッチでワサワサしてきた記録がコチラになります。ちなみに、日帰りで往復600キロB-Moreの旅なんてのもありました。
「ナニこの写真!全然どこに行ったのかわかんないよ!」なんていう、まあ日本で撮ったと言ってもなんら不思議ではない雰囲気ただようデジカメ紀行。KIRAKUNIお楽しみください、











EXCLUSIVE INTERVIEW!

来日公演も間近に迫ったSpank Rock。4月8日にはBig DadaよりアルバムYoYoYoYoYoもリリース!現在のところ、目下ツアー中のMC Spank Rockことナイームと、xxxchangeことアレックスに話を聞くことが出来ましたよ。そもそもはDiploとLow BudgetによるパーティーHollertronix出演をきっかけに注目を浴びた彼ら。いったいどんな連中なのでしょう?

まずは、先行シングルとなったRick Rubinについてなんだけど、コレって結構前からウェブ上で発表してたよね。
Naeem(以下、N): アレはアルバム中いちばん古い曲で、たぶん4年くらい前にリリックを書いたなあ。その時はSteve Mcreadyrockがプロデュースして、今回はアルバム用に改めてアレックスがリミックスしたんだ。アルバムにおいてもカギとなる曲だし、そうだな、「オイ!目を覚ませ!」的な、インパクトのある感じだよね。

MCもプロダクションも、他の同世代アーティストとは一線を画すスタイルだよね。なにがいちばん違うと思う?
N: たぶん、最大の違いはアルバム制作に対するアプローチ方法だと思う。オレたちは制作過程において、一切のプレッシャーを受けないようにした。もう、ただ好きなことをやるだけ。外野には全く注意を払わなかったし、とにかく自分たちが自分たちでいられるようにした。

アルバムはどんな風にして作っていったの?
Alex(以下、A): すべてブルックリンにあるオレのベッドルームで。基本的にはナイームがウチに来て、ダラダラと始めてさ、そこでトラックとボーカルを録るわけ。それにちょっと修正を加えたCDを彼に持たせて、今度はリリックとかを書き足したり。で、次にウチに来る時にはかなり磨かれた状態になってるとして、あとはオレの方で音をちょこっとイジって出来上がり。焼いて、刷って、送って完了。

オールド・スクール風味もたっぷりなサウンドだけど、機材とかについては?
A: YoYoYoYoYoは、まだクリーム色だったころのMac(SCSI付きのね)だけで作ったんだ。起動音が貨物列車みたいなヤツ。それをHernan SantiagoがニューヨークのAudio Recordingでエディットを加えたりしてミックスした。ナイームのボーカルはSM57とRODE NT1で録った。これさ、インタビューの時はいつも言ってるんだけど、マイクの会社がもっとイイのを送ってくれないかなあと思って。

雑誌とかみてると、Spank RockがすっかりB-Moreのアーティストみたいに書かれてるのがチョット違うかな、と。むしろ、ガッチリと真剣にヒップホップじゃないかな、と。
N: 同感。でも、多くの人たちにとってはPut That Pussy On MeでSpank Rockを初体験して、続いたのがミックスCDのB-More Gutter Musicだろ?ジャーナリストがそんな感じでオレたちをB-More系にまとめるってのは理解出来るよね。まあ・・・サプライズ!ビッチ!Spank Rockはそれだけでは終わらないぜ!

ボルチモア出身で、のちにフィラデルフィアに拠点を移したわけだけど、そういった経験は作品に影響を与えたりする?
N: ボルチモアはまだまだな感じだったけど、それに比べてフィリーはシーンもかなり層が厚いからね。その中でお互い日常的に影響を与え合ってる場所だよ。Low Budget、Amanda Blank、Plastic LittleにDJ Brendanといった面子から受けるクリエイティヴな刺激は大きいな。アルバムにCoke & Wetって曲があるんだけど、それなんかまさにフィリーのトラックだよ。

長くツアーしてるとイロイロあったりするわけだよね。
N: そりゃあ、最終日ってのは最高の気分だよね。かなりのハード・ワークをこなしてきて、最後にそれを爆発させたあとに、家でノンビリするのはホントに最高の気分だね。

最近聴いてる音楽は?
N: DolphinとJapanther、Death Setとか。あとはPrinceとDavid Bowie 。
A: MUに、Mr Oizoに、ユカリ・フレッシュ (!) 。クラシックものだと、Peter GabrielのIn Your EyesとHuey LewisのThe Power of Love。

理想的なレコード屋ってどんなショップ?
A: 1ドル均一!ボックスがある所。スタッフもオーナーもまだeBayとかにヤラれてなくって、不当な高値が付けられていないショップ。12インチで10ドルするとかって、マジでファックだよ!試聴用のターンテーブルがあるってのも当然にいいよね。あとは・・・清潔なトイレね。買い物の途中にいたしたくなるなんてことも多いし。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★

そうか、したくなるか。それ、わかります・・・。
彼らの音楽に溢れる緻密さと野蛮さは、ベッドルームの往復という、極めて日常的な風景の中から生まれたのですね。ってことは、今後もあまりイロイロ握らせない方が良いのかもしれません。ヒップホップはちょっとした逸脱の繰り返しによって、つまり、少しハズれちゃってるアーティストの出現によって、常にギリギリ刺激的な音楽であり続けてきました。僕はついついそんな重大な任務を彼らに期待してしまったりします。

(Special Thanks to beatnik 橋本真吾)



PULL UP THE PEOPLE

何だかとっても新鮮な風を送りこんでくれたM.I.A.とDIPLOの2人・・・。

一緒にツアーをまわったAFRAの発言。「"新しいモノ"を積極的に、でも自然に作りだそうとしている姿勢に感銘を受けた。」全く同感です。ヒップホップであれ、グライムであれ、確かに既存の表現形式を基礎としつつも、その予想される道すじから軽やかに逸脱。しかし、それは決して目的ではない。その先にあるのは、革新的にみえるが、実は純粋に優れたポップ・ミュージック。手段としてのバイレ・ファンキやマッシュ・アップに惑わされてはいけない。もちろん、彼ら自身そんなことは完全に無視。M.I.A.の次作は全く違うモノになってるよ、きっと。衣装もね!

別に僕の個人的な期待でこんなことを言ってるわけじゃありません。東京公演の翌日、彼女は東急ハンズでステンシル・アートの次のフォーマットを探索。大量の素材を買い込んでいました。長きにわたるツアーを日本で終えた後、そのままインドへ。しばらくは創作活動に集中するとか。かたやDIPLOは新たなシンセとカメラを購入。ブラジルでのマル秘プロジェクトに備えていました(手前みそですが、この件については一緒にイロイロやります。ご期待くださいな!)。

ライヴに関するレヴユーは、至る所にた〜くさんあるだろうから、ここでは少しコボレ話をご紹介しますネ。
マヤたんの大好物は甘栗。これは結構有名で前回の来日の際もドカ食い。焼き芋もお気に召したみたい。今回は「どーしても日本に行きたい!」と熱望した彼女の弟も同行。とっても優しいお姉さんという一面も。原宿ショッピングの際は、懇切丁寧に弟のファッション・アドヴァイザーっぷりを発揮(僕もこんなお姉さんがいたらなあ、と何度もジェラス)。弟といえば、日本到着の夜、DIPLOは彼に東京のガイジン・シーンを見せたい!ということで雪の降る六本木へ。某Gにてガンガン腰振ってました。メディア露出の多い彼女は、歩いてると握手を求められることも多々アリ。もちろん、ニッコリと。実際、今回のツアーはストレスがピークに達していた状態にも関わらず、ホントに素敵な対応を常にしてました。ソスペクト。クラスカでのアフター・パーティーは直前のブッキングにも関わらず、DIPLOはガッチリとロング・プレイ。終了後は会場に来ていたANNIEとFRANZ FERDINANDのアレックスたちと3次会&プリクラ撮影。体力勝負一本勝ち。東京では機材関連と服を購入したDIPLO。名古屋ではINCREDIBLE BEATBOX BANDの面々と共にレコード・ショッピング。自分の作品がどのように評価されているのかは、やっぱり気になるご様子で、各店のレヴユーを入念にチェック。最近はSERATOによるDJを行う彼にとって、数年ぶりのアナログ・ハンティング。某BEPのシングルを指し「コレなー、ダサいのは知ってるよ。でも、オレ大好き」って。わかるゼ、そのキモチ。他は、TALKING HEADSの盤とひつまぶしでご満悦。リポDは数本消費。彼女の甘栗に対して、彼は漬け物とコンビニの焼きそばが大好き。本人曰く「安くて、ジャンクで、体に悪そうで、スッゲーうまい。最高だよ!」全く気取らないアメリカのあんちゃん。素直にマタお待ちしてまーす!って思えました。ま、要約すると、とにかく一緒によく笑った。そんな6日間でした。
(02/14/06 Photo by KIRI for revolver)




 

2006年1月2日、今年の夜遊び初めはCircle of LoveのNew Year Party at Raise。群馬県太田市にある倉庫を改造したクラブへ遠征して参りました。スペシャル・ゲストはIdjut Boysのお2人でございます!

   

 

新年あけて早々の1月2日、友人の運転する車でいざ群馬県太田市へ。どんなトコだろ?と不安を抱きつつも・・・意外とあっさり到着。会場は倉庫を改造したクラブ、まあクラブらしき雰囲気がチラリな感じ。そこには、ちょっとしたところにセンスが感じられる内装や、努力の甲斐なくロハスな臭いは全くなし ( 失礼 ) 。まあ、場所の感覚すら失いそうな、極めて一般的な、地方都市の国道沿いにある改装済み倉庫っていうのが一番しっくりくる印象。僕が着いたのは 12 時を少し過ぎたところだったんだけど、何とすでに麦酒が売り切れ。テキーラも!ですからね。

出演陣は IDJUT BOYS に加え、 DJ Kensei 、 Dr. Nishimura( 笑顔がナイス! ) 、 Crystal 、 Peech Boy などなど、と豪華なメンズが集結。そんなわけでイジャットがプレイを開始した2時頃にはすでにフロアの熱気はムンムン。空調なんかもロクにないからね、とにかく暑い。でも、どうやらお腹まわりに分厚い思い出をまきつけた、ブース向こうのご本人が一番汗かいてる様子。そんな状況で不必要にスモーク連続発射。

要するに、そこは決して洗練された空間ではなかった。かといって、悪くもない。しかし!その微妙に中途半端な要素が、イジャットの産み出す音楽や空気と結合して、最上のダンスフロアに化けた。もともと、彼らの選曲や膨大な量のエディット曲群は、業界を震撼させるようなセンセーショナルなものではない。かといって、実験色が高い難解な作品というわけでも決してない。「フツーに楽しい」の最上級なのだ。しかも、それを頑なにやり続けているのが彼らなわけで、 Nu House やら Disco Dub といった名称と、それを取り巻く周囲のザワツキは頑固な彼らとは一切無縁なはず。お世辞にも OK とは言えないサウンド・システムだろうと、イジャットの2人は自ら包容力でなんだかとーってもナイスな雰囲気にしてしまうのです。パーティーのプロ。否!たぶんそんなカリスマ性はないから、イロイロ熟知したスーパー常連くらいがちょうど良いかもしれません。とりあえず、音がちゃんと鳴って、多少のアルコールとその他諸々いれたら、あとはオレらと一緒に笑いながら踊って楽しまナイト!こんな感じでしょうか?エフェクトのダブつき加減ですら少しも押しつけがましくなく、変化球の飲ミニケーションと思えました。勘違いじゃあ、ありませんよ。僕はしっかり彼らの気持ちを受け止めフ〜ラフラ。とても緩やかだけど、素敵な正月の夜。外に出たら、太陽はすでに 20 度くらいの高さまで昇っていました。 (01/06/06)



 




Moonwalk Records内Bass & Breaksセクションでも睨みをきかせる、ゲトー・テック界のクロくて速い貴公子、DJ ASSAULTの来日公演に行って参りました。

午前2時過ぎ、セクシャルな期待でムンムンな会場に登場。高速BPMとは対照的なノンビリ屋さんは、スローな動きでセッティング・・・オゲレツ祭り開始!1曲目からBPM150超。速いよっ!すぐさま2枚使い。流れとか完全無視だけど、かなりの即効性アリ。フロアに笑顔が満ち溢れてる?いや、むしろゲラゲラ笑いながら、飛び跳ねている模様。開始直後から昇天したまま、大して起伏に富んだ展開もなく、青少年のテーマ・ソングASS-N-TITTIESへ。イッた後なのに、またイッちゃった・・・の感じ。ん?おもむろにマイクを握ると、ナマ声を被せてシンガロン。レコードと全く同じです。汗だくのクラウドを見ながら、いたって冷静沈着なボーカル。ドっシラフな表情で、おチチ!おシリ!おチチ・アンド・おシリ!って連呼。酒・煙草ですら断固拒否宣言。でも、セックス・アンセム連発。お?ブースから出てきたゾ!ステージ上がると、女子とのスキンシップをはかりながら、軽めのマイク・パフォーマンス。「次のレコードかけなきゃ」と言って、そそくさとDJ復帰、で続行。以上!

これは完全なライヴ・リポートですよ。過不足いっさいナシ。そのまんまです。「全然ゲトーじゃねえよ!」「ガリ勉野郎!」なんて、声もチラホラでしたが、誤解しないで下さい。完璧なプロのパフォーマンスでした。確かに、良くも悪くも期待は裏切りません。しかし、それはもはや伝統芸の域に達しておりました。コレいくよ〜!ハイ、どーぞー!来たね〜っ!この感じ、最高です。大満足なんです。オカンを連れてデトロイトから来日、とっても真面目な顔して猥褻ミュージックをかけまくる。「浜辺で青姦しようよ」なんて曲で、儲けた金でアイスがギラリ!な時計を購入しちゃう(?)。そんな偉人、ムチョ・リスペクト!ですよ。好きすぎてバカみたい・・・そんな夜でした。

(12/05/05)
 



Who's Hashim? 1965 年 11 月 26 日生まれ。本名 Jerry Calliste Jr 。 16 才の時にホームタウンであるブロンクスでプロモーターとしてミュージック・ビジネスの世界に飛び込む。(最初のイベントは Whiz Kid vs Theodore 他、全25アーティストが参加。もちろん、 Imperial Brothers と The Fearless Four もね。)
1982 年より約 1 年間、 Tommy Boy Records にて下働き。彼曰く、そんなにイケてる仕事ではなかったけど、ヒップホップ業界についてはもの凄いスピードで学ぶことが出来たとか。 Tommy Boy を去った 1983 年、 Cutting Records を設立。最初のリリースが自身による Al-Naafiysh(The Soul) 、続いてプロダクションを担当した Imperial Brothers 、 Hifidellity Three を発表。翌年には Hashim 名義による2作目 We're Rocking The Planet をリリース。 1985 年、 Cutting Records を去るものの、音楽活動は続行。 UK Fresh 86 (The Anthem) 等々、重要盤を少しだけ発表。とは言え、まさにエレクトロと言えばこの人!な、オッサン。
とはいえ、かなり謎も多いわけでして・・・。ココでは以前にエレクトロ帝国に掲載されていたインタビューから、ご自身のコメントを抜粋してみますね。
彼が DJ を始めたのは 12 才の時。貯めた 50 ドルでカシオの計算機付きの腕時計を買ったとか。もともとは裏方として業界入りしたものの、 Al-Naafiysch の成功により本格的にパフォーマンスを開始。 Whiz Kid や Kool Herc との出会いで活動の域を地元から、全米のラジオ、クラブ、そして海外へと広げる。その革命的な Al-Naafiysch はどのようにして制作されたのだろうか? Whiz の影響は相当なものだったようだが、その他に Man Parrish の Hiphop Bebop 、 Kraftwerk の Numbers や Thomas Dolby の Blinded Me With Science なんかにも随分と触発された模様。同曲がジャンルを超えて、いまだにサンプリングされまくっていることについて。最初は「おい!著作権の侵害じゃないか!」って怒っていたようですが、今では全然気にとめていないご様子。カルト・クラシックとして、自分の楽曲が生き続けることは、決して悪いことではない、と。ちなみに、彼にとってのエレクトロ・トップ5とは・・・
1. Man Parrish "Hip Hop Bebop"
2. Kraftwerk "Tour De France"
3. Depeche Mode "People Are People"
4. Newcleus "Jam On It"
5. Michael Jonzun "Pac Jam"
だそうです。現在も精力的に音楽活動は続けているご様子の彼。ジャンル的には特にドラムンベースがお好みらしい。また、コラボしたいアーティストとしてビョークを挙げています。そりゃあ、オッサン!ちょっと難しいんじゃないのかなあ?最後に一言。1983年の曲が、いまだにこうやって人々をアツくさせることが出来るってのはスゴく嬉しい!そうです。JUST FEEL IT...

(2005/11/23)



Moonwalk Records の夏祭りも終盤戦です! B-More とかバイレとか聴いてると、この人たちは呆れるほど馬鹿なんじゃないか?と、真剣に考えてみたり・・・いや、間違いなく真剣に馬鹿な音楽を作ってるのでしょう。そんな彼らを必死で応援してるレコード屋も似たようなものかもしれませんが。
残暑も相変わらずの毎日です。 Bass & Breaks キャンペーンから一休みしたところで、もうイッパツこんな音楽を毎日数枚ずつご紹介します。その名は Ghetto Tech !日本でも、昔から根強い人気があるわけですが、もともとはデトロイトの下品な特産品。今回ムーンウォークでは、その中心人物の1人 DJ ASSAULT の作品を特集いたします。たたみかけるような強引さと単純さを兼ね備えたこの音楽は、アソルトの専売特許(少なくとも、ご自分だけそう言ってます)。もし、まだご存じでない方は、ゲトー・テック豆知識をご用意させていただきましたので、こちらもあわせてご覧下さい。

★ Ghetto Tech とは、マイアミ・ベース、ゲトー・シカゴ・ハウス、デトロイト・エレクトロのハイブリッドで、それにバトル DJ のテクニックを加えた音楽形態である。

★その根底にある精神は、80年代中期までのヒップホップ。 Run DMC であり、 LL Cool J であり、 BDP であり、 PE である。バトル・スタイルもここに由来する。

★まず印象的なのは、そのスピード。 145-160bpm が普通。

★ミシガン州アン・アーバー出身の DJ 、 Disco D (現在はニューヨークに移住。 50 Cent 等のプロダクションを担当。 Tommy Boy のアーティスト)曰く、「(当時の)ジャングルは、単純にヒップホップを倍速にしたモノ。そこにスクラッチなどの DJ テクニックを加える際は、みんな半分のスピードでやってたわけ。つまり、ヒップホップと何ら変わらない。どんな高速のクラブ・スクラッチでも、やっぱり bpm はヒップホップのまま。オレは bpm155 で、全部やる。」

★33回転のレコードを45回転でプレイすることもしばしば。また、通常のテクニックスのターンテーブルのピッチコントローラーが±8の可変域なのを改造して±16したりも。ドライバー1本持参で営業先のターンテーブルをちょこっとイジるとか。(壊してない!と、弁解。)

★ Gary Chandler 曰く、 Ghetto Tech のスピードはストリップに由来する、とか。「ストリップでは、何でも 45 回転でプレイされてただろ。それに合わせて、女の子たちはものすごい早さで踊るんだ。で、しばらくしてストリートの bpm も、その早さに追いついたわけ。」(コレには諸説異論あり。メディアがおもしろおかしく、そうかき立てたのが本当か。)

★下品な歌詞も Tech を語る上で欠かせない要素。例えば、 DJ Assault の「乳がユサユサ、ケツがプルプル」とか。そういった点でも、ストリップとの関連は認められる。数年前に DJ Godfather がサンフランシスコでプレイした際、クラブの半分は大盛り上がり、もう半分は嫌悪感を示していたとか。

★彼らが影響受けたアーティストは 2 Live Crew は勿論のこと、 Afrika Bambaataa をはじめ、 Egyptian Lover 、 Cybotron といった初期エレクトロ・アーティストたち。その原型は、当然 Kraftwerk にある。

★ Ghetto Tech というジャンル名に対しては、異論を唱えるアーティストも多い。 DJ Assault は明言を避けつつも、「ハウス、エレクトロ、ジャングル、ファンクに影響を受けたテクノ・ベース」と表現。対して、 Gary Chandler は、率直に反論。「一体、誰がそんな名前を付けたのか知らないけど、 Ghetto Tech とよばれる音楽の多くはいわゆるゲトー・ミュージックじゃないよ。まあ、そのゲトー・ミュージックっていうのを理解するのは、そこに住まないことには絶対に無理だし、そう名付けた連中はデトロイトのゲトー出身者じゃない。」



     
2005年七夕にdiploが急遽来日!いま世界で最も忙しいDJの1人っていうことなんか、本人まるで関係なし。ひたすら飲んだくれてました。(今日は渋谷で明日はオタワでDJだそうです。元気イッパイです。)

VICEマガジンのパーティー出演のために来日したdiplo。ムーンウォークとしては、イロイロと聞きたいこともあったりしたわけですが・・・。軽く居酒屋で飲むつもりが、そこにカナダのエレクトロ野郎Chromeoも合流。すっかりお祭りモードになってしまいました。まあ、そんな中からのコボレ話をご紹介します。
最近注目の音楽はアフリカものだそうです。アフロ・ファンクのレア盤のことじゃないですよ。現在進行形のダンス・ミュージック。特にナイロビのヒップホップとグライムらしきものや、モザンビーク産の音はかなりアツいらしい。ブラジルの牛肉は美味しいねえっていう話から、バイレのDJについて聞いたところ、やはり本気でMDで皆さんなさっているとか。再生時の立ち上がりの良さが魅力なようで、ブレイクの「ここぞ」っていうところでPLAY、完璧にミックスするみたい。イギリスの何とかっていう白人女性ラッパーがお気に入り。MIAと共に出演したバルセロナのSONARでは移民中心の客層にビックリ。最近DJの際はもっぱらアナログからSeratoに移行しているとか。彼女(あの娘ね)の30才の誕生日に日本にいるわけで、何を買ってあげたらいいか?とか。すいません。すっかり音楽の話とかするの忘れちゃいました。

(07/08/05)
 


MAD DECENT ついに始動!

Diploが主宰するレーベルMad Decentが、ついに動き出します。彼の雑食性を考えたら、そのレーベルもかなり興味深い展開をしていくのでは?と期待せざるを得ません。さて、その第1弾アーティストはBonde Do Roleという旧ドリカムと同じ男子2人+女子1人の3人組・フロム・ブラジル!むーん、バイレと来たか・・・。
どうやらアナログ・カットも2月中に、ということらしいのですが、それまで我慢出来ない!という方のためにDiplo本人より音源を入手致しました!この度はMIA & Diplo来日スペシャルということで、サンプルCDRを無料配布。Diplo公認ブートですよ。 >>> Bonde Do RoleのサンプルCDRご希望の方はコチラから!





Moonwalk Recordsが不定期でお送りするインタビュー。しかも、いいとも形式でお友達を紹介してもらいましょう!というもの。うまくいくのか、すでにかなり不安ですが、ひとまず傍観。
申し訳ありません!この企画はちょっとの間お休みさせていただきます。必ず復活しますので、それまでしばらくお待ち下さい。

ディスコ・パンクとかっていう妙なカテゴライズをされることも多い James Murphy と自身のレーベルDFA Records。もちろん、本人はそんなこと全く意識せず、 DFA は最近さらに我が道を突き進んでいます。 Rapture 以降の方が彼本来の理想に近づいてきている印象。そんな Jamesの 今までとこれからについてちょこっときいてみました。

つづきを読む

(07/06/05)




おすすめミックスを不定期で紹介する、長い真夏の夜の結構ナイスな暇つぶしになるコーナーです!

記念すべき第1回目を飾るのは、メルボルン在住の友人でアートディレクター / グラフィック・デザイナーのJason Evans。TIGERSUSHIでは音楽ライターとして活動してたり、 Friends Electric名義でDJ もしてたりするのですが・・・この人の酔っぱらいっぷりはかなり日本の古き良き先輩スタイル。(長いのよ、とにかく。)2年前に自身のパーティーPeople Who Do Thingsにgommaの2人を招き、以来交流を深め今回のミックス発表に至ったみたいです。
このなんともステキなミックスのタイトルはMidnight Tango。そういや、向こうは南半球だからこれから冬になるわけです。でも、なんだかちょっと今の気分。ご本人から一言。「アレはただ自分が聴きたい曲を集めただけだから。」いや、そういうのが聴きたいんですよ。
こちらからダウンロードしてください! mix tapeセクションにありますよ。gommaはMUNKをはじめ、気になる音をいつも届けてくれますが、ココにはFUNKSTORUNGのミックスなんかもあって・・・、かなり興味深いです。
(06/28/05)



実際、僕もミックステープの制作歴はかなり長い。その内容も多岐に渡る。かなり限定的なシリーズもあり、例えば、「恋人はいないけれど、それだからといって別になんてことはないよ。でも、やっぱり欲しいなミックス aka The Hunter」は、意外と大人から子供までクヨクヨしてる方々から愛された作品の1つ。ま、押しつけがましいのは百も承知してますけど。もしかしたら、あと20年後にこんな風に話題になるかもしれないし。でもまあ、まず、ない。
(07/29/05)


Moonwalk Recordsのレヴューを読んでいただいてる方には、お馴染みの男Blu Jemzのラジオ番組です。いつもはMark RonsonとかQ-Tipとかとやってるのですが、先週はマークがサンフランシスコに行ってたとかで、彼1人で放送。好き放題やってます。Most recent showってのが、それ。7月29日放送分です。
(08/02/05)

今週放送分は、Blu Jemzが先日行われたRoger Yamahaとのツアーについてイロイロと話していますよ。
(09/06/05)



Daniel Wang氏が自らのシカゴ体験をChicago Boogie CDのライナーで語っています。
ちょっと興味深かったので、転載してみますね。


僕がシカゴに住んでいたのは 1992 年から 1994 年まで。シカゴ大学で文学と映画の学位を取得しようと勉強していたんだけど、大学のあった場所がサウス・サイドでね。(編集注 : コモンの言うサウサイですね。)多分シカゴはアメリカでも最も厳しく人種隔離政策がとられた場所で、町の南側半分に居住する 97% が黒人( African American )です。僕たちの教授がいつも言っていたのを思い出します。「絶対に黒人地域を歩かないように。必ずバスに乗りましょう。」
幸い僕は白人じゃなくて中国人だから、その日はちょっとした冒険をしてみようと、 South 57 th Street からダウンタウンに歩いていくことにしました。北の方角へ4時間ほど歩いたのですが、白人を1人も見ませんでした。かなり古びた建物がたくさんあって、老人たちがその玄関に座っていました。それは夏のある日で、数多くある空き地には背の高い雑草が生い茂っていました。草むらの中からウシガエルの声がして、その上では無数の蝶が飛び回っていたのを鮮明に記憶しています。そこはまるで違う国のようでした。
週末にはよくダウンタウンにあった黒人ゲイ・クラブ Poweplant とかに遊びに行ったものです。そこにいたのはごく普通の、そこそこお金も持っているような黒人のゲイたち。でも、南側のゲトーにある本物のゲイ・バーでは、全然若くない黒人のドラッグ・クイーンたちが C&C Music Factory の Pride に合わせて、一緒になって踊ってましたよ。 DJ はピッチを -6 に下げてね。
あと、 Frankie Knuckles がニューヨークから来て、たしか Congress Theater か Kaboom Club でパーティーをしたことがありました。白人もそれなりにいたんですが、やはり圧倒的に多かったのは Warehouse 世代のオーディエンス。彼らは Ashford & Simpson 、 Alicia Meyers 、 G. Benson といった曲を全て一緒に歌っていました。その時の雰囲気は素晴らしかったですね。


(06/23/05)


We're Rockin' Down The House!

ご好評につき、当時のシカゴ・ハウス・パーティーのフライヤーを延長公開中。
   


サンデー・アフタヌーン。文明社会においては、比較的多くの人たちが月曜朝に実行予定の自殺プランを少し練り直したりするとき。基本的にはかなり憂鬱。6月27日月曜日は、前日のDaniel Wang(海水浴か?)のおかげで少しは自殺者数が減ったか?
別に「なーんにも考えないで笑って踊ればいいや!」っていうことじゃなくって、ダニーのプレイから受けた印象は、とっても純粋で真面目な仕事に対する情熱。音楽はたまたまその日彼がとった手段の1つ。しがらみナシ、躊躇ナシ、ちっちゃなエゴナシで、誇り高く表現できるのは素晴らしいことだと思う。ゲイだから、では簡単に片づけられない話じゃないですか?

June 26, 2005 (15:00-) at Liquid Room
HOUSE OF LIQUID & GALLERY present
DJ: DANIEL WANG special guest vocal: 鹿取洋子(今は化粧品輸入業やってるとか?チャイナッ!最高!)
&friends: MOODMAN, DJ NORI, KENJI HASEGAWA, FUKUBA, DR.NISHIMURA, ALEX FROM TOKYO, and DJ BORIS(FROM BERLIN)plus special guest DJ
VJ: UKAWA NAOHIRO(MOM/N/DAD PRODUCTIONS)

(06/29/05)
 
       
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